2008年7月5日土曜日

タンザニア旅行: Dar Es Salaam + 健康問題

※ 10sh ≒ 1円

健康問題勃発!
サファリの二日目の夜から体のだるさが進行して、頭痛とともに熱が出た。これでテント生活はこたえる。黄熱病の予防接種を受けてすぐから感じただるさと連続していたので、おそらくその副作用である。これでは黄熱病が予防できたとしても、もっとメジャーな感染症に対する抵抗力が激減である。直前でも予防接種を受けろという医師の提案は完全に間違っていたと思う。
その熱は5日目にだいたいおさまったが、その次は背中の筋肉痛がひどくなってくる。特に筋肉に負担がかかる生活ではなかったので内部的な問題と思われる。黄熱病ワクチンかマラリア予防薬の副作用か新たな病気かはたまた合わせ技か。

次の日にはかがむことさえできなくなってしまった。しかし旅は続けなければならない。予定通り(実質の)首都 Dar Es Salaam へ向う。

6/26 ダル・エス・サラームへ
旅行会社から信頼できると勧めのあったバス会社 DAR EXPRESS でダル・エス・サラームへ。旅行会社がチケットの予約をミスってしまったので、二番バスを捕まえに朝早くにオフィス兼発着所に直接行く。初日の宿の人は、その場所が街から10-20km あるといっていたが、タクシーで行くと、実際は徒歩 10分ないくらいの距離だった。出発一時間前につき、バスの席は簡単にとれる。 20000sh。

バスはそれなりに広くて汚くない。最初のうちは前の人の体臭に悩まされた(タンザニアには体臭のすごい人が多い。その影響範囲は半径数メートルに及び、日本では体験できないレベルである)が、すぐに降りてくれて助かる。高速。途中荒れ地で野トイレをしたりドライブインでごはん(15分くらいで皆高速で食べてくる。ごはんとおかずの盛り合わせは6品くらいあってどれもおいしい。4000SH)。

空路ばかり使う&首都を飛ばす と国の雰囲気が分からないので、ザンジバルまではあえて陸海路で首都経由とした。空路20分がバス9時間半+高速フェリー2時間になるし、コストもさしては変わらない。アルーシャからダル・エス・サラームへの道はそれなりに整備されていて車は少なく、コンスタントに80kmは出していただろうか。
しかし、バスの道中はきわめて単調。トウモロコシを中心とした畑と草原、植生もほとんど変わらずほとほと飽きてしまった。そして、腰の痛みが徐々に進行していった。

入国審査官との長い闘い
バスは市内から結構離れたターミナルに到着する。ここにはゲートがあって、全員そこをくぐってでていかなければならない。私たちがバスを降りるとタクシードライバーと入国審査官と言う者がが寄ってくる。前者はすぐ追い払ったが後者は追い払えない。服装はカジュアルだし、ゲートがあるのにつけまわしてくるのが実に信用できない。が、証明手帳らしきものを持っており、パスポートを見せろと言う。
怪しすぎるので、信用できぬとあしらうも腕をつかんできたりかなり強引。ゲートの人も「そいつは本物だから従え」と言う。本物の審査官といえど信用ならないのがこういう国の常。しかし、この人をなんとかしなければゲートもくぐれない。しょうがなくパスポートを見せる。するとビザのページを開いて、「50USD PAIDと書いてあるが領収書は?」と聞いてくる。
そらきた。領収書なんてもらっていない。難癖つけてお金をまた巻き上げるつもりなんだろう。我々は「そんなのはない。空港か大使館に電話して確認させろ」とつっかかる。「では、我々のオフィスで電話しろ」と。彼はことあるごとにオフィスに来いという。が、いったら終わり、仲間がいて現金チェックでくすねられるか難癖付けて賄賂を要求するかなどである。妻はボリビアで同じ目に遭っていた。最悪のケースでは、彼らは審査官ではなく、強盗沙汰になる。
我々は、携帯電話を使わせろとか行くなら他の外国人(これがまた全然いない)と一緒にいかせろとか、抵抗に抵抗を重ねた。彼も「これ以上抵抗すると力に訴えることになるぞ」とか、「仲間を呼ぶぞ」とか「逮捕するぞ」とか散々に脅してきて、もう一度パスポートを見せることを拒めなくなってしまった。
が、次のチェックで意外やすんなりOKが出た。領収書が必要じゃなかったのかよ、と思いつつ安堵。抵抗が長かったので、次のカモを見つける方が楽だと思ってくれたのだろう。しかし、長い戦いですっかり疲労してしまった。

市内までは、ダラダラ(ミニバンのバス)に乗るかタクシーか。バスの運転手に市内までタクシーで 4000SHと聞いていたが、彼らの言い値は10000SH。5000SHまで下がるのは白
タクだけだが乗るのは怖い。荷物盗難が怖いながらバス停に行ったら、一見して優しい感じの青年がいたのでどのバスに乗るべきか訪ねてみる。すると市内行きはちょっと離れた場所から出ているとのこと。彼は「ツアーの迎えで人を待っているんだけどしょうがないや」とその場所まで着いてきてくれるという。
彼と歩いていると、またタクシーの勧誘。5000SH。車には一応ライセンスシールが張ってある。青年にこの人信頼できるの?と聞くとYESだったので乗ることにした。渋滞に巻き込まれながら無事目的地に。6000SH 要求されるが、5000SH
置いてでる。しかし、目的だった宿はフル。周囲も満員だったりつぶれていたり。
ここに来て私の背中の痛みは加速して、ただ歩くのもつらくなっており、荷物をすべて妻に持ってもらうことに。ほとんどぎっくり腰状態に移行して、歩くだけでうっとくる。
このままでは旅の活動はほとんど不可能であるどころか、原因も分からないので、どのくらい続くのかも分からない。病院は信用できないし、血液検査ともなればエイズを初めとした感染症が心配。これまでの旅の中で最大の健康系ピンチである。

結局、またタクシーに乗って違う宿に。タクシーに乗り込むのすらつらい背中の痛み。が、そこも満員。紹介してもらった近所の宿の最後の一部屋に転がり込んだ。私はもう安静にする以外できなかったので夜の怖い中、現金引き出しやごはんのテイクアウトを妻にお願いする。
ここの宿はほとんど唯一蚊帳がなかったが、部屋には蚊が見あたらずに快適に眠りについた。エアコンとファンが着きの部屋だったが不要な涼しさだった。

6/27 ザンジバルへ
背中の痛みは多少は回復したものの、心配なので、こういう症状の病気がないかを確認するため、日本大使館に電話をしてみた。すると、医務課の人が相談に乗ってくれた。「感染症などでは腰がピンポイントであったり他の症状が特になかったり(熱は黄熱病ワクチンの副作用と思うとのこと)ということはほぼないので、大丈夫だろう。ローカルの病院は腰痛ではレントゲンすらとらないので、安静にして帰国後に必要に応じて病院に行くのがよいだろう」というアドバイスをもらって、すこし安心。それに従うことにして、ザンジバル島でゆっくりすることにした。フェリーのチケットも宿同様、意外と人気で、16時のがやっと取れる。35USDで2時間程度。午前は腰の様子をみつつ街を歩き、午後は宿で安静にした。街は特に心動かされるものなし。スーパーでは中国製のものも多く、ならではというものもなくつまらない。

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